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2008年1月 9日 (水)

キャラクター小説の作り方

 『多重人格探偵サイコ』の漫画原作者にして、同名小説を自分で書いてもいる著者が、「スニーカー文庫のような小説」の歴史と現状と、あるべき姿と、その書き方を述べた本。
 「スニーカー文庫の表紙は何故、アニメ絵か」という小章題に惹かれた。私も気になってたのだ。
 新井素子の出現は、文学史上画期的なことだったという。「誰もが現実のような小説を書くことが当たり前だと思っていたのに彼女はアニメのような小説を書こうとしたのです」。
 またこうも言う。「「スニーカー文庫のような小説」には「作者の反映としての私」は存在せず、「キャラクター」という生身ではないものの中に「私」が宿っている」。
 そういえば、「スニーカー文庫のような小説」の前身である「ジュブナイル小説」は、眉村卓にしても光瀬龍にしても、普通の主人公が異常事態を現実の側の目で描写していた。今は“なぞの転校生”の側からの話が当たり前にある。   
 著者はキャラクター小説のあるべき姿勢について、次のようにいう。
 「「ゲームのような死」の表現方法の先に、リアルな人の死をいかに描きうるのかやはり小説の一分野であるこのジャンルの作り手は考える必要があります。そういう努力を作り手が行うことで「まんがのせいで人を殺した」「ゲームのせいで人を殺した」という批判に対して毅然とした態度を初めてとれるのです」賛成である。でもやっぱり、「○○のせいで」という批判は、かならずしも的外れではないとも思う。いくら努力してても、読み手に届くのが過激なシーンなら、読者は「作者の努力」より「表面的な絵づら」のほうから、より大きく影響をうけるだろうから。
 おもしろい作品のパターンのひとつは、なにか欠けている状況のなか、目の前に立ちはだかる課題を克服するうちに、欠けている状態が改善される。というものだという。なるほど。評価の高い作品なのに、私の琴線に触れない作品を振り返って考えると、そういうパターンから外れているものがある。私の頭が幼稚なのかもしれない。

『キャラクター小説の作り方』大塚英志、2003、講談社現代新書。

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