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2010年2月14日 (日)

『エスペラント——異端の言語』

 2010.02.13
 田中克彦『エスペラント——異端の言語』読了。
 人類の言葉はいつ、どのように生まれたか。“言語起源論”は「実証の材料をもたず、科学にならないから、近代科学としての言語学の対象とするのを禁ずる」とパリの言語学協会が宣言したという(1866年)。同様に協会は、新しい国際語を作ることも禁じたとのこと。
 1887年に生まれた国際語エスペラントは、このように言語学界における異端の言語であったが、民族や国家からの自由を求める人々の注目を集めることで、スターリンやヒトラーなど各国の政権ににらまれる異端性も持つことになった。
 本書では、そんなエスペラントが生まれるにいたるまでの、国際語、計画言語の試みや、エスペラント以後の試みのほか、エスペラントのアジアでの広まりを詳述しており興味深い。以下、気になった所を箇条書きにて。

○既存言語の簡略版(ベーシックイングリッシュなど)を憶えても、劣等感からいずれ純正言語を学ぶはめになる。ならばすべての既存言語から等しく距離をとった中立的言語が必要となる。
○19世紀には、言語は孤立語(中国語など)→膠着語(日本語など)→屈折語(英語など)の順に発達レベルが高いと考えられていたが、実際には、英語は屈折方式が弱まる傾向にあり、中国語は膠着方式(接頭辞や接尾辞を付けたり外したりする)に進もうとしている。エスペラントは屈折語や孤立語が向かおうとしている膠着語の「形態論的構造」を積極的に取り入れた計画言語である。
○子供は放っておくと不規則動詞を規則的に活用しようとする。つまり、take-took-takenを、take-taked-takedに。それは「誤ってはいるが規則的で体系的な形」なのである。
○「文法を単純化するときにまず参考にしなければならないのは中国語である。なぜなら、そこからはほとんど完全に形態論(名詞、形容詞、動詞などの別、また性、人称、時制などのカテゴリーによる変化表)が欠如しているからである。」「国際語の文法は中国語のようにもっともっと単純になりうる」
○オーウェル『1984年』の舞台、全体主義国家オセアニアで使われる言語ニュースピークは、ベーシックイングリッシュやエスペラントに対するあてこすりを含んでいる。
○1918年の日本の大学では、エスペラントで書かれた卒論が受け付けてもらえた。
○ラムステットは日本語を、「世界でもやさしい部類に入る」と言っている。しかし漢字を憶える時間の無駄が気になるようだ。
○大本教は1922年にエスペラントと出会って以来、世界的布教活動にエスペラントを使っている。
○ところで本書の本論とは関係ないが、田中氏の言葉遣いに気になる点が。「ランティの名は、何もかにも反対するのアンチ」とあるが、「何もかにも」は正しくは「何もかもに」では? でもこの言い方は、よく聞く言い回しでもある。73歳の著者が使うということは、相当古くからあるのだろうか?
○これまた雑学な話だが、大正時代の在日フィンランド公使ラムステットが宮中の宴で「興味を引かれたのは、『何百人もの身分の高い日本の軍人や高官たちが、』『食べ残した料理を布包みに入れて帰路に向う』光景であった。『老提督東郷元帥も自分の残した料理を布に包んだ』と記している」そうな。

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