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2010年6月

2010年6月23日 (水)

時間と金なり

 『ん』が読みたい。
 『ハングルの誕生』が読みたい。
 『KAWADE夢ムック総特集 萩尾望都』が読みたい。
 『去年はいい年になるだろう』が読みたい。
 以上は未購入だが、買ったのに読めてない本が山ほど。
 ああ、時間と金がほしい。
 (時間は、やりくりできなくもないけど)

2010年6月21日 (月)

ブラフマンの埋葬

 小川洋子『ブラフマンの埋葬』読了。まあまあ。
 村の〈創作者の家〉の管理人をする僕は、ある日、けがをした森の動物を拾って、飼いはじめる。
 ケモノだが水かきをもつその生き物に、僕はブラフマン(謎)と名前をつける。
 いれかわりたちかわり〈創作者の家〉を訪れる芸術家たち。村に家を持ちつつ〈創作者の家〉に工房も持つ碑文彫刻師。
雑貨屋の娘。
 鉄道や自動車やシャベルカーやダイナマイトがあるいっぽう、上流から流れ着く木棺を引き上げて、遺体を石棺に納め
直すという妙な風習のある世界。
 おそらくすでに死んでしまった他人の家族写真を壁に貼っている、来し方のはっきりしない主人公。

 理解できないことが多々ありながら、独特の不思議な雰囲気を楽しめばそれでいいのだろう。
 そのような読書時間だった。
(インド? ヨーロッパ? カワウソ? ビーバー?)

2010年6月20日 (日)

グレートハンティング

 トイレで用足ししていたら、目の前の壁に緑色のクモが。たぶんハナグモかワカバグモであろう。(このへん参照→http://opencage.info/pics/keyword_153.asp
 ヴァルカン人のあいさつのように(?)、前足を左右2本ずつそろえて大きく広げている。たぶんその間には、糸が張られていて、獲物を待ち構えているのではないかと思う。
 と、そこに、そろりそろりと近づく灰色のクモ。たぶんハエトリグモの一種だろう。10センチほどまで近づいたところで静止し、間合いをはかっている。こうなると、こちらもうっかり動いて彼らの気をそらすわけにはいかず、身動きが取れない。
 そのとき、灰色グモが緑グモに飛びかかった。と思うと、緑グモがこれを撃退し、灰色グモは元の位置に戻った。あらかじめ糸をそこに付けていたのだ。
 なおも身構える灰色グモ。警戒を怠らない緑グモ。
 再び灰色グモが飛びかかり、緑グモは押さえ込まれた。こうなると勝者は敗者に牙を刺して麻痺させるから、もはや勝敗はくつがえらない。
 私はほおっ、と息をつき、その場を立ち去った。
 できればおたがいの縄張りを尊重して、それぞれ蝿なり蚊なりを捕まえていてくれればこちらも助かるのだが、そうそう人間の都合でだけ動いてはくれない。
 ともあれ久々に、野生の狩りを見た。人為的にアリをアリジゴクに落としてみるのとは違って、少々興奮した。

2010年6月17日 (木)

海洋堂カリオストロの城

 『ルパン三世 カリオストロの城』の、海洋堂による城の模型。すごい。
 >>http://blogs.yahoo.co.jp/en2019jp/35805359.html
 >>http://blogs.yahoo.co.jp/kpgcm339/53233580.html

 ついでにハリポタの魔法学校。本も映画もほとんどノータッチだが、すごい。
 >>http://blogs.yahoo.co.jp/asaka0704/56143425.html

2010年6月16日 (水)

はやぶさ

 小惑星イトカワ探査機はやぶさ君、おかえりなさい。
 放出したカプセルに寄り添いながら君が燃え尽きるニュース映像には、感動しました。
 (その後、泣けたという話をたくさん聞いたけど、私は涙を流すにはいたらなかったので、ちょっとさみしい。)
 ともあれ、スタッフのみなさん、ごくろうさまでした&ありがとう。

 関連する映像等があちこちに出てるので、それはおまかせするとして、ひねくれ者の私はボイジャーの撮った太陽系家族写真にリンクします。はやぶさ君の撮った最後の地球を見て、思い出しました。

 でも、「はやぶさ君」と呼びながら、実はついつい少女を想像してしまうのだった。

2010年6月15日 (火)

ロゴスの名はロゴス

 呉智英『ロゴスの名はロゴス』読了。言葉についてのエッセイ集。
 ○「習い性」は辞書にない言葉らしい。「習い、性(せい)となる」という成句から誤用されて使われだしたもののようだ。
 ○最近時々目にする「男性性」とか「女性性」という言葉を揶揄して、その意味を「男としての性質を備えている人が備えている性質」と解説する著者。でもわかるなぁ、この言い方。本来は「男性」と言えば済んでたのだろうが、今は「男性」が「男」という意味で使われるようになってしまったから。昔、卒論に「物語性」という言葉を書いたら、担当教授から「虚構性」ということかと問われてとまどったことあり。
 ○「次のxを満足する値を求めよ」は「xが満足する」か「xを満足させる」が正しいとの著者の指摘。そういえば私は以前から、物理学あたりで出てくる「安定だ」が気になって仕方がない。「安定している」「安定する」と言っちゃいけないのか?
 ○標準語では「僕は行かない」「僕は金が無い」の「ない」に発音の違いがあって、そのことに著者はかつて感動したという。発音にも論理(ロゴス)があることに。前者は「いかナイ」後者は「かねガない」と片仮名部分が上がるのだという。
 本当に? なんか違和感あり。「いカナイ」「かネガナい」じゃない? ちなみに関西弁だと「イカない」「カネガなi(中間の高さのイ)」?
 ○「失礼しちゃうわ!」は文法的には「失礼されちゃうわ!」で、本当は「失礼ね!」だろうと著者。
 でも以前読んだ本で指摘していた、「こいつは驚くね」の主語は「こいつ」だという目から鱗の説を受け入れるなら、「あいつが私を失礼しちゃうわ!」と解釈してもよさそうな気もしないでもない。
 ○「憮然」はブスっとしているのではなく、ガッカリしてるのだ。そのとおり。私は小学校のころ、国語の教科書に出てきた「憮然」の意味を先生に問われ、「むっとしてるんだと思います」と答えて「間違い」だと言われた。でもその文章ではどう読んでも「むっとした」と解釈するしかない気がしたのだ。その後、一度たりとして、「がっかり」という意味で使われる「憮然」に出会ったことがない。
 このさい、「むっとする」という意味では「ブゼン」とか「ブ然」とか表記してはどうか。
 ついでに気になる言葉をひとつ。「メロウ」には「ゆううつな」という意味はない。たぶん「メランコリー」から誤解したのだろうが。

2010年6月14日 (月)

そこにあるはずのないもの

 昔、TBSかテレ朝が、土曜か日曜のゴールデンタイムに放送していた海外紀行番組で、「オーパーツ」が取り上げられたことがあった。
 「オーパーツ」は、古代遺跡などから発見される、当時の技術では製造不可能なもの(水晶を磨き上げたドクロとか)や、現代人でなければ思いつかないようなデザイン(スペースシャトルのような飛行機状模型、エンジンの内部構造図のような絵)などのこと。
 ナレーター氏はこれを「そこにあるはずのないもの」と表現していた。あえて言い換えると、「あるはずのないものが、そこにある」という意味である。

 さて、数年前にDVD&HDレコーダーを買ってから、それまでに録り溜めていたビデオテープを長いことかかってDVD化した。今日、その中のひとつをたまたま再生してみて驚愕した。
 ない。録画していたものが、入ってない。もしや、HDからダビングしたつもりで確認もせずにタイトルだけ書いてケースに納めて満足してしまっていたのだろうか?
 ブルース・スプリングスティーン(ボーンインザUSA)やスティング(ナッシングライクザサン)のMTVスペシャル、竜童組(知恩院ライブ)に稲葉喜美子(TV出演)、リプチンスキーがハイビジョンで映像合成した、クラシックに乗せた幻想的なダンス、吉本新喜劇の面々が多数出演した曾根崎心中、海外ドキュメンタリー『言葉のルーツを求めて』に『探偵ナイトスクープ』での「アホとバカの境界線」第一回。・・・ああ、なんてこった。。。

 そこにあるはずのものが、なかったのだ。

 (しかし、いったいどんだけ一枚のDVDに入れとるんや?)(全部が全部入ってるわけではないが)
  ・
  ・
  ・
 と、思っていたのだが。
 そのDVDを再生する前に、「ファイナライズ」という、どんな機種でも再生できる処理をした。つもりだった。
 DVD-Rなら、そのメニューの一番下を選択すればよいのだ。しかしそのディスクはDVD-RWだった。再確認すると、DVD-RWの場合そのメニューの一番下は「フォーマット」。「ファイナライズ」は下から2番目だった。

 「そこにあるはずの、ないもの」は実は、「さっきまでたしかにそこにあったのに、取り返しのつかない行為で、永遠に失われてしまったもの」になってしまったのかもしれない。(涙)

2010年6月12日 (土)

縦書きブログ

 上田早夕里のオフィシャルサイトに「縦書きブログ」というのがあるのだが、これが「Windowsにしか対応して」おらず、「Macへの対応は今後もありません」とのこと。非常に残念だ。
 アップル社はiPad、iPhone、iPodで他に抜きん出ているし、マイクロソフトはネットでGoogleに、ゲームで任天堂などに苦戦しているが、パソコンのOSでは依然としてWindowsが圧倒的に強いのだ。

 しかし覗いてみたら、これがちゃんと読めた。少々中心線がずれてはいるが。
 ずれてるのが不対応ゆえなのか、それともMacがIntel化を経てWindowsへの対応力が上がったのか。

 ともあれ、縦書きブログとはおもしろい。
 私はホームページの日記を、横書きだけど最新記事は一番下にくるように作っている。上から下へ読んでいって、そのあとに前日の記事があるのが違和感あるのだ。
 でも上田さんの縦書きブログは、最新記事は一番上だが、縦書きなので前の記事と「ケンカ」しない。これはいい。

 Macに正式対応してくれたら、なお言うことなし。

2010年6月10日 (木)

この世界の片隅に

 こうの史代『この世界の片隅に』上中下、読了。
 昭和十九年二月、広島から呉の北条家に嫁いだ「すず」。おっとりした、典型的こうの史代キャラであるすずの、戦中的平凡な日常と、戦中的日常の幸不幸。
 北村薫『リセット』のように戦時下の庶民の生活を味わいつつ、やがて来る(と読者の誰もが知る)災厄の足音を感じるべし。良。

2010年6月 8日 (火)

龍馬伝

 ひさびさに、NHK大河ドラマを欠かさずみている。福山雅治が男前すぎる気がするのと少々おおげさすぎる気がするのをのぞくと、たいへんエキサイティング。史実は知らないし龍馬関係の本も読んでないが、おもしろいなぁ、脚本うまいなあ、と感心している。(龍馬のおおげささについては、過去にみた幾人かの龍馬俳優が、たいていおおげさだったことを思えば、ああいう人だったのかも? 江口洋介しかり、内野聖陽しかり)
 特に新撰組の初登場(たぶん)シーンはぞくっとした。番組のラスト近くに突然なんの説明もなく現れ、黄昏れる京の町なかに無言で以蔵を追いつめる原田泰造らの白い衣装は、死刑執行人のような幽鬼のような不気味さでスリリングだった。
 今後にも期待大である。

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