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2014年11月

2014年11月30日 (日)

ニューシネマパラダイス、と千尋の神隠し

 映画「ニューシネマパラダイス」再観(DVD)。
 悪くはないけど、なんでそんなに評判いいのかな〜。映画館物なら、やっぱり「マジェスティック」が好き。
 
 こないだ『千と千尋の神隠し』が放映されたけど、画像全体が赤っぽい、いわゆる「赤祭り」?が解消されている。いつからだろう。すっごい見やすい。

2014年11月29日 (土)

飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使 II』

 飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使 II』読了。ふーん、おもしろい。
 『グラン・ヴァカンス 廃園の天使 I』の前日譚となる短篇集なので、理解しきれない。
 最初にそっちを読まなかったのは、いくつか理由がある。
 サイバースペースものへの苦手意識。
 人間が千年関わってない世界の変容ぶりを想像すると、昔、山田正紀『神獣聖戦』を読みかけて挫折したことを思い出す。
 最近、他人の想像だけで作られた世界を旅するのがおっくう。
 てな具合。
 助走ついたし、『グラン・ヴァカンス』読もう。そして『ラギッド・ガール』も読み直す。
 いくつかの短編で、スプラッタ的というかサディスティックというか、苦手な感覚を持ったのだが、解説で紹介されている「yasuko」さんによると、「痛覚」を読後感に挙げるのは男性で、女性はそうでもないらしい。
 へーそうなんだ。当たってるなぁ。

2014年11月28日 (金)

ボトルネックとエヴァンゲリオン

 何年か前に、米澤穂信『ボトルネック』を読んだとき、こんな感想を書いていた。
「主人公の虚無感、諦観、マイナス志向は、嫌になるほど。もしや、漢字姓と片仮名の名前という組み合わせは、エヴァンゲリオン(ファン)への当てつけか。激励か。シンジがプラス志向だったら、レイやアスカの運命は変わっていただろうか。かもしれない。あるいは世界の運命さえも。」
 貞本義行版エヴァは当初から、原作アニメより若干ポジティブだと感じていた。そんな貞本版だからこそ、あのラストなのだろう。よかった。

前照灯交換

前照灯交換 プリウスの前照灯切れる。右。自分で交換するのは去年8月以来。去年も右だった。同じサイトを参照。
 ひとつ失敗した。最初に外すプラスティックのピンは二重構造(こんなの→◎)で、まず中の部分を持ち上げないといけないのだが、うっかり全体をマイナスドライバーで持ち上げてしまい、ピンの外側構造の爪3つのうち2つが折れてしまった。
 ひもでしばって応急処置。そのうちディ−ラーでなんとかしてもらおう。

2014年11月26日 (水)

新世紀エヴァンゲリオン 14

 昨日2軒の本屋に置いてなかったのに、今日2軒のファミマに置いてあった。
 貞本義行『新世紀エヴァンゲリオン 14』購入。
 
 以下、ねたばれ。
 
 以下、ねたばれ。
 
 以下、ねたばれ。
 
 とはいえ、連載終了からずいぶん経ってるので、今さらねたばれでもないのだろうが。
 
 岡田斗志夫がブログに良さげな感想を書いてたのであまり心配はしていなかったが、後味の悪くない終わり方は良。
 「LAST STAGE」(最終章)は、どこからつながっているのか。どこからやりなおしているのか。いきなり15歳ということはないだろう。この希望や幸福感は、いきなり現れたものではなく、少なくとも数年は前向きに生きてきた結果だろう。あるいは母親が死んでから、もしくは誕生から、ひょっとすると宇宙開闢からやり直している?
 電話の相手は父親? 手に持ってるそれはスマホっぽいが、セカンドインパクト(2000年?)から15年ほど経ってるとしたら、彼らがいるのはセカンドインパクトの起こらなかった、我々のいるこの世界(の1〜2年後?)なのだろうか。
 でも「遺跡」があるということは、時間が戻ったわけではないのだろう。
 かばんのクロスはどこから? アスカに既視感を感じたのと同様、どこかで見かけて既視感を感じて購入したのかもしれない。
 「BONUS STAGE」(おまけの章)の真希波マリ16歳(1998)って? ネットで調べて推測するしかなさそう。
 後味はいいけど、いろいろと謎を残してくれるなぁ。
 そういう意味では、結局のところ、SFの皮をかぶったファンタジーだった。

2014年11月25日 (火)

「死ぬまでに読みたい100冊」

 Takemanさんがブログで「死ぬまでに読みたい100冊」という記事を書いておられる。
 こういうの、大好きだ。以前にも「五十音を好きな小説で埋めてみる」というのをやっておられるのでマネしてみたことがある。複数ある場合にどれを選ぶか困ったり、一作家一作品というシバリに悩んだり、楽しく四苦八苦した。
 今回の100冊は、前半は未購入本から、後半は積ん読本から選んでいるようだ。
 積ん読本はうちにも山ほどあるが、手に入れて満足してしまってたりもする。「読みたい」というより、「読まなきゃ」が正確かも。
 未購入本に関しては、あまり思い浮かばなかったのだが、これは実際に本屋に行くと間違いだったと気づく。読みたい本のなんとたくさん並んでいることか!
 というわけで、今日はSFマガジン1月号を買った。隔月刊化というツイートを見たらたまらなくなって本屋へ行き、立ち読みしかけたらおもしろそうな記事が目白押しだったので。まあ、掲載小説はほとんど読まないのが恒例ではあるが。読むとしたら、山本弘くらいかも。
 本当は『エヴァンゲリオン』最終巻を探しにきたのだが、置いてなかった。思わずパロディ本を買いそうになった。そんな表紙でこの時期に平置きするなよ、まぎらわしすぎる!
(2014.11.29 「五十音を好きな小説で埋めてみる」2014年版を作ってみました。

2014年11月14日 (金)

読書

 車中で休憩中、手持ちの本を読む。
 野崎まど『know』。みんなが頭にちっこいコンピュータをとりつけてる未来。数ページは読めたが、そのあと時代設定・テクノロジー設定の話。パスして、本を変更。
 飛浩隆『ラギッド・ガール』。未読の『グラン・ヴァカンス』の続編なのだが、こっちが現代に近い前日譚的な話のようなので、とっつきやすそうでこちらから読んでいる。最後の「蜘蛛の王」にさしかかっているが、これも仮想現実テクノロジーの用語が飛び交い、眠くなる。なかなか進まない。
 『カフーを待ちわびて』か『時の娘』(時間SF傑作選)あたりならすらすら読めそうなんだが、もうちょっとで終わりだしなぁ、『ラギッド・ガール』。

2014年11月11日 (火)

片桐はいり『もぎりよ今夜も有り難う』

 片桐はいり『もぎりよ今夜も有り難う』。良。
 大学時代から7年間、アルバイトでもぎり続けた映画三昧の日々と、映画に出る側になってからも続く映画や映画館との熱い関わり。なんと著者はいまだに、時々「高場」に立ってもぎっているのだという。
 舞鶴の話が楽しい。北近畿タンゴ鉄道ねえ、昔あそこらへんの道路を車で走っていたとき、「あざやかな空色の一両編成」の「気動車」を見て、かわいい! 載ってみたい! と思ったものです。

2014年11月 9日 (日)

古書店にて。

 古書店にて。
 原田マハ『カフーを待ちわびて』、百田尚樹『「黄金のバンタム」を破った男』、野崎まど『know』、ゆうきまさみ『白暮のクロニクル 3』、松田奈緒子『重版出来! 1』。以上、表示価格の半額セールでまとめ買い。

2014年11月 8日 (土)

書店にて。

 書店にて。
 片桐はいり『もぎりよ今夜も有り難う』。あとがき読んでるだけで眼が潤む。なんか、はまってしまったみたい。

2014年11月 7日 (金)

原田マハ『キネマの神様』

 原田マハ『キネマの神様』。良!
 大会社の課長に昇進したキャリアウーマン円山歩が、四十歳目前の左遷に反発して退職。直後に父が倒れる。しかも借金発覚。
 入院した父と付き添いの母が不在中、父の仕事の代理でマンションの管理人室の留守を守る歩。映画好きの父は長年にわたる映画鑑賞記録を管理人日誌にびっしり書き込んでいた。
 父が退院する前日、何度も読み返した父の日誌の「ニュー・シネマ・パラダイス」のページを再び読んだあと、歩はチラシの裏に自らの「ニュー・シネマ・パラダイス」に対する思い、映画や映画館に対する思いを書き綴る。
 ハローワークに通う歩にある日、映画専門誌「映友」から電話がかかってくる。うちのブログへの書き込み読みました、うちでライターやりませんか、と。父が勝手に歩の文章を投稿していたのだ。
 
 映画への熱い思い、映画館への、名画座への熱い思いが熱く厚く感じられるお話。
 展開としては少々ベタなテレビドラマ(10話くらいの)的ではあるが、ベタにドキドキするし、ベタに泣かされる。
 
 片桐はいりの解説がいい。映画を見終わったあと、その余韻にひたりながら静かに日常が戻ってくるように、小説の余韻を壊さないように静かに言葉が並べられ、1ページが過ぎたころようやく自己紹介と解説がはじまる。
 片桐はいりもまた、映画と映画館に対する熱い思いを持った人だ。この人のなにげないエピソードにも心ふるわせられる。
 ああ、自分も映画好きでよかった、と言えない自分が悲しい。ふりかえると自分は、映画好きとはとても言えない。観てる数もしれてるし、映画館にもほとんど行かない。
 映画番組好きではあった。MBS毎日放送テレビ「シネマチップス」。ABC朝日放送ラジオ「ABCアシッド映画館」。いまだにそんな終わってしまった番組を懐かしんでいる。
 
 本作における重要なキーファクター、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」は観たことがあるけれど、「ふーん」という程度の印象しかない。映画館にまつわる映画なら、ジム・キャリー主演の「マジェスティック」が大好きだ。元映画館主のハリーが自分の映画論、映画館論を「演説」するシーンが熱い。
 「ニュー・シネマ・パラダイス」、そんなにいいなら、観直してみようかな。

2014年11月 6日 (木)

「お笑い」日本語革命/松本修

 『「お笑い」日本語革命』松本修・著。
 ABC朝日放送のプロデューサーである著者自身が関わった「どんくさい」の全国への普及話をプロローグに、「マジ」「みたいな。」「キレる」「おかん」といった言葉がいかに近年広がっていったのかを探求した、楽しく読める言語学の本。
 言語学といっても論文調ではなく、『全国アホバカ分布考』を書いたときのように、著者がある言葉に引っかかりをおぼえ、疑問をもち、どんな本やビデオで確認して、誰に話を聞いて、と、したことを順番に書いていくので、研究者のフィールドワークを後ろからついて歩いて見ているようで、とてもわくわく読める。
 「おかん」は十九世紀なかばにさかのぼれるようだが、たしかに時代劇で町娘が「おかはん」と言ってても全然違和感なさそう。ちなみに髙田郁『銀二貫』では、料理屋の板前の娘・真帆が「お父はん」「お母はん」と言っている。
(1780年頃)
 高校のころだったか、それまで「おかあちゃん」と言ってた近所の友達(男)が、人に話すときに「おかん」と言いだした。それを聞いて、同じく「おかあちゃん」と言ってる私は、(あ、いい言い方やな)と思った記憶がある。「おかあちゃん」というのが幼児的ではずかしくなりつつあり、「おふくろ」はきどってる風で言えないが、「おかん」ならぞんざいすぎることもなくていいな、と。
 「おとん」は「おかん」より新しいようだ。「okahan→okaan」の流れは自然だが、「otosan→oton」はちょっと唐突な感じだから、納得。
 ところで会話の書き起こし部分で使われる「(笑)」について著者は、見事に笑いをとっているとか言ってるけど、これは人を笑わせたというより、自分が笑いながらしゃべってるってことでは?
 本書中で「ねるとん紅鯨団」や「探偵!ナイトスクープ」でのやりとりを書き起こしたのは著者自身だから、(笑)や(大爆笑)は映像内の第三者(スタッフ?観衆?笑い屋?)の反応を表現したものだろうが、たとえばキネマ旬報から引用したあとの「これもまたうきうきとした明るい心の弾みが伝わる、じつに楽しげな発言である。「撮影所全体が張り切っちゃうみたいな(笑)、」と、ちゃんと笑いを取っている。」(107ページ)という部分は、はたして市川崑の話に山本恭子が笑ったということなのだろうか? 書き起こしたキネ旬編集者は、市川崑が笑いながらそう言ったということを表現してるのではないのだろうか?
 それにしても、友達とはこうして作るものなのだなぁ。なんで松本さん、結婚しないのだろう?

2014年11月 2日 (日)

書店にて。

 書店にて。  原田マハ『キネマの神様』。こないだ著者がテレビで絵画の見方を解説してたのを見て以来、『楽園のカンヴァス』に食指を動かしていたのだが、行きつけの書店で小説すばるを立ち読みした罪滅ぼしにと選んだのはこれ。

若者が文化を生んだ時代 「平凡パンチ」「ガロ」創刊

 十月放送のNHKアーカイブス《シリーズ1964 第3回 若者が文化を生んだ時代 「平凡パンチ」「ガロ」創刊》を見る。ゲストの宇野常寛がツイートしてたので気になったのと、こないだまで観てた《ニッポン戦後サブカルチャー史》にも通じる内容のようだったので。
 当初の平凡パンチって、表紙がイラストだったのだな。街の一コマを描写したような。一面的には「サタデーイブニングポスト」誌が良きアメリカを描くノーマン・ロックウェルの絵で表紙を飾ってたような。ただし全体像はリアルだが細部は雑な感じで。
 アーカイブスで紹介されているのは、1996年放送のETV特集《マンガが時代を映してきた カウンター・カルチャーの旗手たち 「カムイ伝」の衝撃》。
 なんと、林静一(キャンデー「小梅ちゃん」のイラストの)って、ガロで漫画描いてたんだ。それも「赤色エレジー」! あがた森魚の歌は、これを歌ったものだったんだ〜。
 それにつけても《ニッポン戦後サブカルチャー史》に気づいたのが第7回になってからというのが悔やまれる。

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