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2014年11月 6日 (木)

「お笑い」日本語革命/松本修

 『「お笑い」日本語革命』松本修・著。
 ABC朝日放送のプロデューサーである著者自身が関わった「どんくさい」の全国への普及話をプロローグに、「マジ」「みたいな。」「キレる」「おかん」といった言葉がいかに近年広がっていったのかを探求した、楽しく読める言語学の本。
 言語学といっても論文調ではなく、『全国アホバカ分布考』を書いたときのように、著者がある言葉に引っかかりをおぼえ、疑問をもち、どんな本やビデオで確認して、誰に話を聞いて、と、したことを順番に書いていくので、研究者のフィールドワークを後ろからついて歩いて見ているようで、とてもわくわく読める。
 「おかん」は十九世紀なかばにさかのぼれるようだが、たしかに時代劇で町娘が「おかはん」と言ってても全然違和感なさそう。ちなみに髙田郁『銀二貫』では、料理屋の板前の娘・真帆が「お父はん」「お母はん」と言っている。
(1780年頃)
 高校のころだったか、それまで「おかあちゃん」と言ってた近所の友達(男)が、人に話すときに「おかん」と言いだした。それを聞いて、同じく「おかあちゃん」と言ってる私は、(あ、いい言い方やな)と思った記憶がある。「おかあちゃん」というのが幼児的ではずかしくなりつつあり、「おふくろ」はきどってる風で言えないが、「おかん」ならぞんざいすぎることもなくていいな、と。
 「おとん」は「おかん」より新しいようだ。「okahan→okaan」の流れは自然だが、「otosan→oton」はちょっと唐突な感じだから、納得。
 ところで会話の書き起こし部分で使われる「(笑)」について著者は、見事に笑いをとっているとか言ってるけど、これは人を笑わせたというより、自分が笑いながらしゃべってるってことでは?
 本書中で「ねるとん紅鯨団」や「探偵!ナイトスクープ」でのやりとりを書き起こしたのは著者自身だから、(笑)や(大爆笑)は映像内の第三者(スタッフ?観衆?笑い屋?)の反応を表現したものだろうが、たとえばキネマ旬報から引用したあとの「これもまたうきうきとした明るい心の弾みが伝わる、じつに楽しげな発言である。「撮影所全体が張り切っちゃうみたいな(笑)、」と、ちゃんと笑いを取っている。」(107ページ)という部分は、はたして市川崑の話に山本恭子が笑ったということなのだろうか? 書き起こしたキネ旬編集者は、市川崑が笑いながらそう言ったということを表現してるのではないのだろうか?
 それにしても、友達とはこうして作るものなのだなぁ。なんで松本さん、結婚しないのだろう?

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